事件加害者からの遺族への手紙の意味って?:東名あおり事故、過去の事件も振り返る

事件を起こした加害者の手紙は何のためにあるの?

2017年6月東名高速(神奈川県)で発生した、悪質なあおり運転による事故(事件)で、あおり運連の加害者である石橋和歩容疑者の、遺族へむけた手紙の内容が公開されました。
その内容は後述しますが、こういった事件の場合、加害者側が遺族や被害者にあて、謝罪(?)のような手紙を書くことがあるようです。

そもそもの意味は、「被害者や遺族への謝罪」であるべきですが、実際は、

  • 自己の量刑を軽くするため
  • 単なる加害者の自己主張

といったことになっているような気がします。

今回その意味について、過去の事件についてもしらべてみました。


石橋和歩の謝罪(?)の手紙

今回公開された石橋和歩の手紙の内容ですが
「…この事故がなければ(当時つきあっていた)彼女と結婚する予定でした。自分が(彼女を)支えていきたいので、この事故のことをお許しください」
とあったようです。

手紙を書いた不可解な理由

こういった場合、「弁護士の入れ知恵で、罪を軽くするために書かされている」といった意見が多くありますが、この文面にそういった効果があるか疑問です。

明らかに、「自分が結婚をしたいという都合のために、許してくれ」といった内容になっているからです。

また、一方で、石橋和歩は事故後の取り調べで、「自分の車があおられた」といった嘘をついており、事故の2か月後も別のあおり運転を行い、検挙されています。

事件について反省していないことが明白な状態ですので、この手紙が意図している役割が理解できませんよね。

また、公判前に記者に対して、取材の対価として30万円を要求する旨の手紙も書いており、非常にイメージは悪いです。

弁護士の意図がどこにあるのかわかりませんが、この手紙をつかって何らかの答弁、主張を行うのでしょうか。

過去の事件

かつて世間の注目を多く集めた事件で、動揺に謝罪(?)とういか胸中をつづった手紙が公開されたことが多数ありました。

その内容は、謝罪だけではなく、逆に遺族を挑発するようなものである場合もあるようです。

また、反省の意を示したものの、その後再犯を平気で繰り返すケースや、「反省」により量刑を軽くしているケースもあるようです。

山口県光市母子殺人事件

当時18歳だった少年が、同じマンションに住む住人である母子を殺害した事件です。

少年犯罪に対する考え方に一石を投じることとなった事件ですが、この加害者は自分が未成年である旨や死刑を回避できることをつづった、被害者を挑発するような手紙を書き、公開しています。

これは遺族のみならず多くの国民の感情を逆なでしました。
結局この手紙が影響したかどうかはわかりませんが、結局元少年は死刑囚として収監されています。

江東マンション神隠し殺人事件

2008年に発生した殺人事件です。加害者は、同じマンション、同じフロアの女性を乱暴目的で自室に監禁したものの、事件があかるみになったので、発覚をおそれ被害者女性を自室で殺害、バラバラにして遺棄しました。

非常に残忍で、利己的な犯行であったことから世間を驚かせた事件です。
星島受刑者は公判中、一貫して被害者や遺族への謝罪を繰り返しており、死刑を受け入れることを主張していました。

このことが要因の一つとなって、死刑回避、現在無期懲役刑のもと服役しています。
一方で、遺族側は当然ですが、星島受刑者をゆるすことはありません。

綾瀬女子高生コンクリート詰め殺人事件

非常に有名な少年犯罪の事件です。

不良少年らが女子高生を乱暴目的で拉致、監禁した末、衰弱死させ、その後死体をコンクリートにつめて遺棄した恐ろしい事件でした。

この少年らは、裁判過程で遺族への謝罪の意をしめしたものの、少年法を誇示したい一部の人権弁護士の入れ知恵との話もあります。

それを証拠に、当時の少年法に守られ軽い刑期を終えて出所していますが、うち2名はその後暴力事件や監禁事件を起こし再逮捕、収監されています。

反省なんかしていません。
量刑を軽くするだけの謝罪に、なんら意味はないのでしょう。

リンゼイ・アン・ホーカーさん殺害事件

日本中を逃亡した市橋達也受刑者が起こした事件です。
市橋は当時英語講師をしていたイギリス人女性を、自宅に招き入れ暴行、殺害したのち、発覚しそうになった際、捜査員をふりきって逃走しています。

逃亡中に自ら整形をするなどしています。

一方で、逮捕されたのちは、反省を謝罪の意を示し、獄中で書いた手記の出版にともなう収入を被害者遺族に提示しています。(遺族は受け取りを拒否)

結局市橋は、死刑を回避、現在無期懲役で服役中です。

司法における謝罪、反省の取り扱いの問題点

上記の例をみると、結局、逮捕後に反省や謝罪の意を示したところで、遺族が救われるとは思えません。逆に遺族の感情をきず付けることの方が多いようです。
少なくとも、手紙で「許す」ことにはならないでしょう。

石橋の例をみても、遺族のみならず多くの国民が、その身勝手さ、幼稚さに怒りを覚えたでことしょう。
一方で、裁判では(少なくとも「謝罪」ととれる内容であれば)被告に有利になるケースがあるようで、一部の法律家が裁判の展開を有利にするために利用しているような節があります。
司法の場での、加害者の「謝罪」の取り扱いについて、被害者、遺族の感情を考慮したものになるよう願います。

では。

最後まで読んでくださってありがとうございました。


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